カテゴリー別アーカイブ: ココロまちスタッフより

認知症と運転免許

7/22(土)は湘南台文化センター市民シアターにて、認知症と運転免許についてお話させて頂きました。湘南台地区社協さんからの依頼で、約130人もの市民の皆様が来てくださいました。

認知症についてお話させて頂くのは何度目になるか分かりませんが、毎回内容がアップデートされていきます。それだけ短期間で最新の知見や発見、当事者の活動といった情報が入ってくるからでしょう。

道路交通法が今年の3月から改正され、認知症と診断されると運転免許は発行出来ないことになってしまいました。これは「認知症=危険運転をする人」というレッテル貼りを助長し差別や偏見を生み出す温床となり得ます。とんでもないことだと思います。そういったお話を自動車教習所の方と共にお話しました。

医師という専門職として、地域の皆さんに対して正しい知識を発信していくことはとても大切だと思っていますので、今後も出来る限り続けていくつもりです。

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2017年7月24日更新

TBSザフォーカス②

JNNドキュメンタリー「ザ・フォーカス」
7/21(金)1:40~2:10
「固く閉ざした若者の心を開け!」

副理事長の金田 ゆうじと共に片岡も取材を受け、我々が今取り組んでいること、今後目指していることについてお話をさせて頂きました。

端的にお話すると「各種公的制度に繋がらない人を支える」「自身でSOSを発することが出来ない人を支える」「様々な理由によって、様々な選択肢を持てない人を支える」ことを現在行っています。これをワンストップで、シンプルかつ迅速に動けるような体制を築き上げる為に、数年後の独立に向けて様々な準備をしています。

医師個人として出来ることは限りがあります。しかし、誰もが利用可能な医療はその人の困っている部分にアプローチしやすく、拾い上げの場としては非常に優れていると思います。上記の方々の「生きる」を支える、具体的には「医食住(誤字ではありません)」を支えることで、ようやくこの”社会”の中で生きていけます。現在の社会では生き辛さを感じている人は我々の想像以上に沢山います。そこを、医療介護に留まらない多種多様な専門職の繋がり、専門職だけではなく地域の住民との繋がり、お金や制度に頼らない支えなど色々な視点、手段をもって支えていこうというのが我々が現在取り組み、今後も取り組んでいくことです。

当然、制度依存的な取り組みではないので黒字化するのはなかなか大変なことではありますが、必要性がある以上専門職として、というより人としてやるしかないと思っています。

一度しかない人生、まだ30代の若輩者ですがいつ人生が終わるかは誰にも分かりません。やりたいことをやれるうちに実現出来るよう日々尽力していきます。Screenshot of JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス|TBSテレビ 20108573_1375541962566368_2020589164917815960_n

2017年7月22日更新

顔の見える関係を作ろう

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昨日は自身が事務局の一員を務める「顔の見える関係を作ろう@藤沢」定例会第24回でした。

今回は山出 貴宏さんに講師を依頼し「介護技術指導」についてご講演頂きました。身体介助する側の負担が少なく、される側の負担も少なく、そして何より二次障害三次障害を防ぐ方法には解剖生理学的な根拠があります。もちろん同じ傷病名でも人によって異なる部分は沢山ありますが、どういった点を意識して身体介助すればいいのか?ということは大事な割には教わる機会が少ないと思いますので、非常に役立つ内容だったと思います。確かに現状の介護技術は「周りがやっているから」「先輩から教わったから」等の伝統や慣例に基づいたもので、解剖生理学的な根拠に乏しいと感じます。

生活を支える介護職は日常生活を支える為に、生活動作の支援をすることが求められます。その為には目の前の人の病状に対する理解が必要です。病状への理解なしにリスク評価や予後予測は難しいでしょう。1人でそれが出来るわけではなく、多くの人がその目線を持つことでチーム全体でそれを検討して共有出来ると思います。是非本日の内容を現場で活かしていきたいです。

次回は「成年後見制度」について学びます。

2017年7月15日更新

認知症の人への接し方

本日は市内の介護事業所で、事業所内研修の講師を務めさせて頂きました。お題は「認知症の人への接し方」です。

認知症についてのお話は色々なところから依頼が多くお話する機会を何度も頂いています。資料を作成する度に新しい知識や情報、当事者からの発信についての情報がアップデートされていき、毎度のごとく時間オーバーしてしまっています。。

個人的に、特に大切だと思っていることは以下のことです。

★「認知症が疑わしいから病院に行って」だけではなく、日々の生活を見ることが出来る介護職だからこそ気付けるポイントが沢山あり、そこから得られる情報こそが大切であること
★認知症の人に対して特殊な接し方が必要なわけではなく、その人のことを分かろうとする努力をすること、自分の常識だけを当てはめようとしないこと、嫌がることをしないことなどが大事であること
★せん妄を理解することが非常に重要であること
★認知機能が低下していても、本人や周囲の人が困っていなければ診断・治療介入は必ずしも必要ではないこと
★周囲が困らないためには認知症についての理解を深め、みんなで相手のことを分かろうとする努力を続け、リスペクトし合うこと

生活を見ている介護職にしか出来ないことはたくさんあるはずです。「生活を支えるプロ」として、是非とも認知症に関する正しい知識を身に付けて頂き、多くの人の生活を伴奏しながら支援して欲しいと思います。

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2017年6月30日更新

ココロまち共催による勉強会

 

かながわ国際交流財団との共催で勉強会をいたしました

「私たちはいかにして分断を超えられるのか」という表題で、現在、人気絶頂?の慶應義塾大学経済学部教授の井手英策さんをお招きして格差分断が進む日本社会における解決策を考える勉強会です。前半は井手さんの基調講演。

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後半はシンポジウム形式で、横浜市栄区で重度心身障碍者の支援で有名な社会福祉法人訪問の家より名里晴美さん、川崎市で在日朝鮮人支援で有名な社会福祉法人青丘社より三浦知人さんによるヘイトスピーチに関する報告です。

以下、公式報告より

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◆基調講演/人間の顔をした財政を取りもどす~「頼り合える社会」をめざして~◆

当日は、財政社会学がご専門の井手英策さんの基調講演から始まりました。
まず今の社会について、中間層の没落による転落の不安を抱える人たちが、さらなる弱者を傷つける異常な社会となっており、また、現役世代は何もかもが自己責任となっている社会であるとデータを示しながら指摘。
【データ】
現在、世帯収入が300万円以下は国民の34%。400万円以下は47%。500万円以下となると何と60%。一方、自分は(上中下の中で)下の所得層だと答える日本人は4%。可処分所得のピークは20年前。その1998年には自己責任(貯蓄で子育て・教育・医療・介護・保険・住宅もまかなう)が果たせなくなった男性労働者の自殺が8000人も増え、現在は家計貯蓄率もほぼ0%になっている。

このような自己責任社会が破たんしているからこそ、私たちは不安になっているとして、小田原ジャンパー問題や相模原事件についても触れ、弱者が弱者を叩き、留飲を下げる社会となっていること、そこには、承認欲求が満たされない個人がいて、だからこそ「等しく取りあつかう」という視点が大切となっているとのこと。

そして、そこから脱し、個人の尊厳を保障してだれもが堂々と生きられる「頼り合える社会」、「国民みんなが受益者になる社会」とするために、まず「税とは負担軽減である」という発想の大転換が必要となることを、データを示しながら提唱。
【データ】
仮に20兆円(例えば消費税なら7%)の大増税をしたとして、、、そのうち10兆円で財政赤字はほぼゼロになる。さらに残っている10兆円で、医療費自己負担金6兆円・大学授業料3兆円・介護自己負担8000億円・幼稚園保育園8000億円・障がい者福祉3000億円と分配することができる。そして、それは国民負担率で言えば、イギリスとドイツ(さらに、その上にはスウェーデンやフランス)の間くらいの負担率。

さらに、OECDなどのデータを示しながら、(現金ではなくサービスによる)現物給付を増やすことで、結果的に格差は縮小→結果的に1人あたりGDP成長率アップ(成長を下支え)→結果的に財政を再建することになるとのこと。

このように「奪い合い・自己責任」から「分かち合い・満たし合い」へ転換することで、私たち一人ひとりの人生にあるいくつかの負担急増期に「頼り合える」社会をつくることを提唱されていました。

◆パネルディスカッション/分断を超え、ともに生きる成熟した市民社会へ◆

続いてのパネルディスカッションでは、県内で活動されている2つの団体にまずご報告いただきました。井手さんの最新刊『財政から読みとく日本社会―君たちの未来のために』(岩波ジュニア新書・2017年発行)でも次のように書かれています。
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日本のどこかでくらす人たちを直接自分と結びつけ、その人たちのことを想像するのは簡単なことではありません。だからこそ、地域社会のなかに共感の領域をつくりだし、その延長線上へと「私たち」の領域を押しひろげていくことが大切です。国の税金を使って困っている人たちをささえるやさしさは、身近な社会での共感の先にあると思いませんか。(212ページ)
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そこで、2つの団体には、地域社会の多様な人たちの協力を得ながら、その活動を展開してきた経緯などについてお話しいただきました。

社会福祉法人「訪問の家」理事長の名里(なり)晴美さんは、横浜市栄区で地域との交流を続ける、重度心身障害者の通所施設「朋(とも)」での取り組みを紹介。30年前の法人開設当初には、障害者施設をつくることに対して地域の反対もあったけれども、それを乗り越え、今では、近隣の小学校とは年間を通して子どもたちとの交流があり、また地域の人たちとの運動会や成人を祝う餅つきなどで、長年、交流しているとのこと。
また空き缶回収で民家をまわる活動をしている中で、それと併せて防犯パトロールもするようになったこと(そして、そのことを通して、この地域の人たちは障害者が自分の家に訪ねてきてもすんなりと受け入れてくれる人たちだと感じたこと)などのエピソードもお話しされていました。

社会福祉法人「青丘社」事務局長の三浦知人さんは、川崎市川崎区で差別のないまちづくりの取り組みについて紹介。40年以上前から民族差別に向き合い、コリアンへの差別と排除に対する闘いから始まり、そしてコリアン以外の外国人への支援、日本人も含めた障害者や高齢者の施設の運営など徐々に活動の分野も広げていきながら、助け合いの地域活動、共に生きる活動の担い手を育てる取組みを紹介。
またヘイトデモとの闘いについては、市民を守るべき政治家や公人が差別を正面から否定しない社会の現状を憂い、そうした中では、国や自治体を動かしていくには地域から訴えていくことの重要性も唱えていました。

以上が当日の報告です。

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今年度の円卓会議シリーズは、チラシでご案内しておりますように全部で3回シリーズとなっています。

次回は、実践者の方々を対象とした勉強会形式を予定しています。講師には、名里さんや三浦さんと同じように、地域社会で「共感の領域」を広げる取組みをされている、ミノワホーム(愛川町)の馬場拓也さん、地域のお茶の間研究所さろんどて(茅ヶ崎市)の早川仁美さんをお招きする予定です。

3回目は、広く一般の方々を対象としたシンポジウムを開催します。再び井手さんをモデレーターとしてお招きして、地域で活動されている方々の実践を聞きながら、分断を乗り越えていく社会の姿について考えていきたいと思います。

2017年6月23日更新

開かれた対話

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本日は慶應大学で開催されたオープンダイアローグについてのワークショップに参加してきました。

オープンダイアローグとはフィンランドで1980年代から行われている手法で、精神疾患を持つ人と日々対話をすることで抗精神病薬の使用は非常に少なく、また高い確率で治癒、社会復帰を果たせるようになるというものです。

ココロまち理事として副理事長の金田とともに相談案件に介入するにあたり、常に行っていることが対話ですが、対話を重ねても光が見えてこないケースはしばしばあります。もちろんこの手法を行うことで全ての人が良い方向へ向かうわけではないですが、多様な人たちを支えるには多様な引き出しが求められます。今回は引き出しを増やすこと、言語化することで他人に伝えられるようにすることを目的として参加してきました。

当事者を中心に必ずしもしないこと、内的会話、ダイアローグとモノローグ等様々な「腑に落ちる」表現がありました。「批判しない」「解釈しない」ことについては、分かっていながらもついついやってしまうことを戒めなければならないなと感じました。

認知症、うつ病、統合失調症など多くの疾患が悪化する理由に、他者との接触や周囲の劣悪な環境があります。これらによって悪化するのであればこれらによって改善するのは自明の理です。薬はサポートツールの1つに過ぎません。にもかかわらず対話の重要性が説かれてこなかった理由の1つには、診察時間を長く割けないことがあるのではと思います。

様々な技術の進歩と反比例して、対話の重要性は忘れられがちです。改めて対話することの重要性を感じました。

2017年5月28日更新

安心して暮らせるまちづくり

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本日は

Run伴+やまと 講演会『認知症になっても安心して暮らせるまちづくりとは』

に参加してきました。若年性アルツハイマー病当事者の丹野さん、川崎市宮前区で地域のコミュニティとして図書館を活用している舟田さんのお話を伺いました。

お二人の話で共通していたのは「人と人との繋がり」「今から出来ることを少しずつ」ということでした。印象的だったのは丹野さんの「どうやったら相手に好きになってもらえるか」を考えながら接していた結果、営業効果が上がったというお話でした。

医療を行う身として、超急性期や急性期は医学的妥当性を振りかざせば話が進む場面は多いですが、回復期から慢性期にかけては医学的妥当性だけでは人は動かないことがあるのはよく身にしみています。そのような場合大切なことは「眼の前の人の味方であり続けること」だと思っています。「会って良かった」と思ってもらえるような人でありたい、医療が必要かどうかは二の次ではないかと思います。

丹野さんも仰っていましたが、こういった考え方はどの領域でも大切なことだと思います。逆にただ物を売るだけ、ただ医療を行うだけであればそれは人間ではなくAIで充分ということになります。

「人と人との対話」

大切なことはこれに尽きます。

2017年5月27日更新

「排泄」について

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昨日は「第18回ケア☆カフェしょうなん」に参加してきました。テーマは「排泄」でした。ケアカフェの醍醐味、今回も様々な意見が出ました。以下に列記します。

★食事と同様に生きている限り毎日必ずあるものだが、食事が大体同じ時間・同じ回数であることとは違い、排泄は毎日異なる時間・異なる回数であることが多い

★食事は他人に見られても特に恥ずかしいことではないが、排泄は他人に見られることは恥ずかしいこと

★本人の尊厳とケアする家族の負担のバランス

★元々自分で出来ていたことがある日突然出来なくなる中途障がい者は、申し訳なさが先立ち諦めと絶望が続き、受け入れに至るまでにはとても時間がかかる

★本人の為のケアを心がけないといけない

★様々なオムツやポータブルトイレ、エコーを利用した尿量センサーなどテクノロジーが進歩したが、結局は使う側の人間次第

★積極的にオムツ使用を選択できるような働きかけ、気持ちの変換が出来れば…

★トイレは本来リラックス出来る空間、時間だが自身で出来ない状況になると途端に申し訳ない時間、辛い時間などのネガティブな気持ちに埋め尽くされがち

★尊厳とは、本人が嫌がることを強制しないこと。やりたくないことをやることを強いた場合「尊厳が損なわれる」

書き出すとキリがありませんが多くの意見が出ました。大切なことは、正解は人の数だけあり自分自身の常識や物差しで相手を見ないことではないかと思いました。

2017年5月27日更新

総合環境療法

日頃から片岡医師と共に活動をしていて感じること。結論から言うと
「環境から人を把握する」

事が重要。プロファイリングという考え方に近いと思いますが、当事者を客観的に見る必要性がある時に、とりまく物的、人的環境を元にその人物へのアプローチ方法を決めていく。

しかしながら、自分のように環境を把握されるだけでは特定出来ないような人もいるので、全てに当てはまるわけではありません。窓口で親身になって相談を聞くという、いわゆる「支援制度」の限界を日々感じているので、毎日落ち着きなく出動しています。

「一度きりの人生」言い換えれば「みな人間初心者」

2017年5月25日更新